個人事業と法人では、同じ利益額であっても、最終的に手元に残る金額や納める税金の種類が大きく異なります。「そろそろ法人化を考えるべきでしょうか」というご相談を受ける際、まず整理していただきたいのが、個人事業と法人の税金の仕組みそのものの違いです。今回は、治療院経営における個人事業と法人の税金の違いを、税率の仕組みから控除、赤字の繰り越し、家族への給与、社会保険料まで、項目ごとに比較してご紹介します。
個人事業と法人、税金の何が違うのか
個人事業は、事業から生まれた利益がそのまま個人の所得となり、所得税が課される仕組みです。一方、法人は、法人という別人格が利益をあげ、そこから代表者が役員報酬という形で給与を受け取る仕組みのため、法人税と所得税の両方が関わってきます。この根本的な仕組みの違いが、税率や控除、赤字の扱いなど、あらゆる項目の違いにつながっています。「法人にすれば節税になる」という話だけが独り歩きしがちですが、実際には項目ごとにメリット・デメリットが入り混じっているため、まずは違いを正しく理解することが第一歩です。
税率の仕組みの違い
個人事業の所得税の税率は、利益(課税所得)が増えるほど税率が上がる累進課税で、5%から45%まで7段階に分かれています。住民税の10%とあわせると、利益が900万円を超えるあたりから、所得税・住民税の合計税率が43%に達します。一方、法人税の税率は、資本金1億円以下の中小法人であれば、年800万円以下の部分は15%、800万円を超える部分は23.2%という、比較的緩やかな2段階の仕組みです。利益が大きくなるほど、法人の方が税率面で有利になりやすい傾向があります。
例えば、課税所得600万円の場合、個人事業の所得税・住民税をあわせた実効税率はおおむね30%前後になりますが、法人であれば法人税・法人住民税・法人事業税をあわせた実効税率はおおむね25%前後に収まることが多く、利益水準によっては数十万円単位で税負担に差が出ることもあります。もっとも、法人の場合は役員報酬を受け取る代表者個人にも所得税がかかるため、法人と個人トータルでの比較が欠かせません。
個人事業と法人、主な違いを比較する
ここまでの内容を含め、個人事業と法人の主な違いを項目ごとに整理すると、次のとおりです。
表からもわかるとおり、法人は税率や赤字繰越の面で有利な項目が多い一方、社会保険料の会社負担や決算・申告の手間など、個人事業にはないコストや負担も発生します。単純に「法人の方が得」とは言い切れず、総合的な比較が必要です。
控除の考え方の違い
個人事業では、青色申告特別控除(最大65万円)が利益から差し引かれ、その分だけ課税所得を圧縮できます。法人の場合、代表者自身への役員報酬に給与所得控除が適用されるため、法人の利益から役員報酬を差し引いた金額に法人税が、役員報酬から給与所得控除を差し引いた金額に所得税が、それぞれかかる二段階の構造になります。役員報酬の金額設定次第で、法人と個人トータルの税負担をコントロールできる点が、法人ならではのメリットです。
赤字の繰り越し年数の違い
個人事業の青色申告制度では、赤字を3年間繰り越して、翌年以降の黒字と相殺できます。法人の場合はより長く、10年間にわたって赤字を繰り越すことが可能です。開業初年度や、内装工事・機器の大型投資をした年は赤字になりやすい治療院にとって、この繰越期間の長さは決して小さな違いではありません。
例えば、開業初年度に300万円の赤字が出た場合、法人であれば10年間のうちに生じた黒字と相殺できるため、税負担を大きく抑えられる可能性があります。個人事業の場合は3年以内に黒字化できないと、繰越控除を使い切れずに切り捨てられてしまう点に注意が必要です。分院展開など、先行投資がかさむ時期がある治療院ほど、この違いの影響は大きくなります。
法人化で新たに発生するコストにも注意
法人化にはメリットだけでなく、新たに発生するコストもあります。設立時には登録免許税や定款認証費用などで20万円前後の費用がかかるほか、赤字の年であっても、法人住民税の均等割(最低でも年7万円程度)は毎年必ず発生します。また、社会保険への加入が原則義務化されるため、代表者一人であっても厚生年金・健康保険の保険料負担が生じます。税率や赤字繰越のメリットだけでなく、こうしたコスト面もあわせて試算した上で、法人化のタイミングを検討することが大切です。
家族への給与の扱いの違い
個人事業でも、青色事業専従者給与に関する届出書を提出すれば、生計を一にする家族への給与を経費にできます。ただし、原則として年間6か月を超えて専従していることなど、一定の要件を満たす必要があります(詳しくは「家族への給与は経費になる?」で解説しています)。法人の場合は、家族を役員や従業員として雇用する形になるため、届出の手続きなしに、より柔軟な報酬設計が可能になります。配偶者を役員にして役員報酬という形で所得を分散させることで、世帯全体の税負担を平準化できるケースもあり、この点も法人化を検討する際の判断材料のひとつになります。
社会保険料の違いも忘れずに
個人事業は国民健康保険・国民年金への加入となり、保険料は全額自己負担です。法人は健康保険・厚生年金への加入が原則として必須となり、保険料の約半分を法人(会社)が負担します。役員報酬の金額によっては、この会社負担分が年間で数十万円規模になることもあり、法人化の判断では税金だけでなく社会保険料もあわせて試算することが欠かせません。特に、これまで役員報酬を低めに設定していた治療院が、利益の増加にあわせて報酬額を引き上げる場合は、社会保険料の負担も比例して増えていくため、事前のシミュレーションが重要になります。
消費税の免税期間という共通点と違い
個人事業・法人ともに、開業(設立)から一定期間は消費税の納税義務が免除される「免税事業者」の期間があります。個人事業は開業した年から、法人は設立した事業年度から、それぞれ原則として最大2年間免税となりますが、法人の場合は資本金が1,000万円以上だと初年度から課税事業者になるなど、細かな要件があります。さらに、法人成りをすると、個人事業時代とは別に、法人としてあらためて免税期間がスタートする点も見逃せないメリットです。ただし、インボイス制度導入後は、取引先の状況によって免税のメリットを享受しにくいケースも増えているため、あわせて検討が必要です。
対外的な信用力の違い
税金以外の観点では、対外的な信用力の違いも無視できません。金融機関からの融資審査、物件の賃貸借契約、スタッフの採用など、さまざまな場面で「法人」という形態そのものが信用材料になることがあります。特に、分院展開を見据えて複数の金融機関と長期的に付き合っていきたい場合や、優秀なスタッフを採用したい場合には、法人化が有利に働くケースが少なくありません。
個人事業と法人、どちらを選ぶべきかの目安
一般的には、課税所得(利益)が800万円〜900万円を超えるあたりから、法人の税率の緩やかさが効いてきて、法人の方が有利になりやすいといわれています。ただし、これはあくまで目安であり、家族構成、将来の分院展開の計画、社会保険料の負担増などによって、最適なタイミングは変わります。「治療院はいつ法人化すべき?」や「法人成りのベストタイミング」もあわせてご覧いただくと、より具体的なイメージがつかみやすくなります。これから開業される方は「個人開業と法人設立はどちらがお得?」もご参考ください。
よくある質問
Q開業したばかりですが、最初から法人にした方がいいですか?
Q法人化すると、税理士費用は高くなりますか?
Q一度法人化したら、個人事業に戻すことはできますか?
Q法人化すると消費税の免税期間はどうなりますか?
個人事業と法人、どちらが有利かは一律には決まらず、利益水準や家族構成、将来の展開によって変わります。税率だけを見て判断すると、社会保険料の負担増や決算・申告の手間を見落としてしまうこともあるため、治療院専門の税理士に相談し、実際の数字をもとに個人・法人それぞれのシミュレーションをしてみることをおすすめします。アトラス会計では、現在の利益水準をもとに、個人事業と法人それぞれの手取り額や税負担を具体的な数字で比較する無料相談を行っています。